先祖を祀る

春のお彼岸、秋のお彼岸──反省と感謝

東光院萩の寺住職 村山廣甫

「二河白道図(にがびゃくどうず)」の教え

中国で浄土教を広められた善導大師(ぜんどうだいし)は、彼岸(ひがん)(あちら)と此岸(しがん)(こちら)との世界の対応を最も明確に説かれた方でした。その「二河白道図」の例えは、極めて絵画的です。

向かって左上に華麗な極楽浄土が描かれ、“招喚弥陀如来(しょうかんみだにょらい)”がおられます。少し下がった右上には、“発遣釈迦(はっけんしゃか)如来”がおられます。極楽の手前、絵の中央部は大きな河になっており、左は火の海、右は波濤(はとう)さかまく水の海です。この火の海と水の海のちょうど中間に、誠に心細い一本のまっすぐを道が此岸から彼岸へとつながっています。弥陀如来の眉間の白亳(びゃくごう)から放たれた一本の光条「白道(びゃくどう)」です。

目を下に転じますと、手前の岸の間際まで追い詰められた旅人がおり、その背後まで群賊や悪獣が恐ろしい形相で肉迫しています。思うに、この旅人とは私たち自身の現在の姿です。

肉迫して追い詰める群賊や悪獣は、私たち自身がまいている「業」そのもので、火の海はいくら得ても満たされない浅(あさ)ましい貪欲、むさぼりの心をあらわし、水の海は、瞋恚(しんい)、身勝手な怒りの心を象徴しているのです。唯一救いの、細く狭い白道を渡っていく勇気もなく、旅人は恐ろしさで進退窮(きわ)まっています。そのとき彼の岸から、弥陀如来の厳(おごそ)かな声が聞こえてくるのです。

「汝一身、正念して直ちに来たれ、我よく汝を護(まも)らん」。そればかりではありません。彼岸の岸辺に立たれた釈迦如来も「恐れることはない、真っすぐに行くがいい」と勧(すす)めます。勇気を奮った旅人は、この狭くて細い一本の道を渡っていきます。こうして人々は救われ、弥陀の浄土に往生できるさまをこの図は教えているのです。

人はその一生を旅人としてこの白道を渡り、迷いなき安らぎの浄土(彼岸)へと向かいたいものです。そのためにも、春秋のお彼岸は、反省と感謝の一週間と考え、釈尊の示された六つの実践徳目を実行するよう努めましょう。

極楽浄土(ごくらくじょうど)とお彼岸会(ひがんえ)

日本の仏教行事の代表的なものとして、お盆の行事と並んであげられるのが、春と秋のお彼岸会です。お彼岸会は、お盆のように民間信仰と融合しつつ伝えられたものではなく、純然たる仏教行事です。しかも、インドや中国にみられない日本独自の行事であるところにその特色があります。

春のお彼岸は、三月二十一日頃の春分の日を“お中日(ちゅうにち)”として前後三日を含む一週間、また、秋のお彼岸は、同じく九月二十三日頃の秋分の日を“お中日”として前後三日を含む一週間をいいます。この期間中、お寺では「お彼岸会」が営まれ、また、一般家庭では、仏道精進の日として、お仏壇を荘厳し、特にご霊前に“おはぎ”や“ぼたもち”をお供えします。また、お彼岸にはご先祖のお墓へのお参りも大切です。

昭和二十三年に「国民の祝日に関する法律」によって、春分の日は、「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」、また、秋分の日は、「祖先を敬い、亡くなった人を偲ぶ日」として祝日に制定されました。なお、春分・秋分の日を、それぞれ「彼岸の中日」と呼ぶほか、初日を「彼岸の入り」、終日を「彼岸の明け」といっています。「暑さ寒さも彼岸まで」とよくいわれるように、ちょうどこの頃は、冬から春へ、また、夏から秋への季節の変わり目で、「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえてすゞしかりけり」と道元禅師がお詠(うた)いになったように、一年中でもっとも過ごしやすいよい時節で、日本人の情感を培う上にも、たいへん重要な時期でもあります。

さらに、春秋彼岸の中日は、「昼夜平分(ちゅうやへいぶん)」といわれるように、昼と夜が等分で、これは、仏教の説く「中道」思想によく符合するだけでなく、真東から昇って、真西に沈むこの日の太陽を、「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」の説く極楽の東門に入るものと考えて、日想観(太陽を想うことにより、極楽を想い浮かべる観想)が盛んになりました。

真西に入る太陽を拝むと、浄土の東門を拝むことになるわけです。極楽浄土は十万億土を隔てた処にあるといわれます。この極楽が最も近くなる日が、彼岸の中日だというのです。

大阪四天王寺の西門の鳥居の上の扁額には、聖徳太子が印されたと伝えられる「釈迦如来、転法輪処、当極楽土東門中心」の文言があります。中国浄土教・善導大師による「二河白道」の教えの普及とともに、当時の末法思想も相まって、四天王寺の西門は極楽の東門への入口にあたると信じられていたのです。彼岸の中日に、その西門は、落日の夕日を拝して、極楽浄土を欣求(ごんぐ)する善男・善女で、満ちあふれたと伝えられています。この日に故人の霊をご供養すると、迷わず極楽浄土に成仏できると考えられていたのです。

このお彼岸会はすでに、聖徳太子の時代に営まれていたといわれていますが、記録上、日本で初めてお彼岸会が行われたのは、大同元年(八〇六年)三月に、政争に巻き込まれて悲惨な最期を遂げた早良(さわら)親王に、崇道(すとう)天皇の名を贈ってその霊を慰め、諸国の国分寺に金剛般若経を転読(てんどく)させたのが最初であると『日本後記』に印されています。「お彼岸会」が、千年以上も前から営み続けられている、伝統ある仏教行事であることが分かります。

此岸から彼岸へ

最もよく知られているお経「摩訶般若波羅密多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)」、略して「般若心経(はんにゃしんぎょう)」の結語は、有名な「羯帝(ギャーテー)、羯帝(ギャーテー)、波羅羯帝(ハーラーギャーテー)、波羅僧羯帝(ハーラーソーギャーテー)、菩提薩婆訶(ボーディーソワカ)」で、これは「行ける者よ、行ける者よ、彼岸に行ける者よ、幸いあれ」と意訳されています。彼岸とは、このインドの言葉「波羅密多」(paramita/パーラミター)の訳語「到彼岸」の略で、「向こう岸に渡る」ことを意味します。

迷いと苦しみに満ちた私たちが生きている今の世界のことを、こちら側の岸「此岸(しがん)」と呼び、仏さまの御教えに導かれて、迷いのない安らかを生活を送ることのできる世界を、向こうの岸「彼岸(ひがん)」と呼ぶのです。

到彼岸とは、迷いと苦しみに満ちたこの世界、此岸から、仏さまの御教えに導かれて生きる、お悟りを得た安らぎの世界である、彼岸に渡ることを心に誓い、そのために毎日の生活の中で、仏さまが示された六つの実践徳目(六波羅密(ろくはらみつ)、または六度(ろくど)という)を実行するよう努力することです。

お彼岸は、一年中でいちばんよいこの時節に、ともすれば怠惰に流れがちな毎日の生活を引き締めて、自分自身の持つ仏心を見つめ直し、今生かされている生命の源であるご先祖さまへ、報恩感謝のまことを捧げる尊い一週間であるといえましょう。いいかえれば、豊かに生きる人間を形成するため、仏の教えを実践する「自覚」と「反省」の七日間なのです。

彼岸へ渡る「渡し船」──六波羅密(ろくはらみつ)の実行

『大智度論(だいちどろん)』巻十二に、「生死をもって此岸とし、涅槃(ねはん)を彼岸とす」とあるように、大乗仏教は、この迷いのないお悟りの世界である「彼岸」に渡る実践方法として、自覚と反省の六波羅密(六度)の実行が必要であると説いています。この六つの徳目実践は「到彼岸」の条件で、いわば彼岸へ渡る渡し舟ともいえるものです。

1布施(ふせ)
(私は自分で持っている物でも、喜んで与えます)
2持戒(じかい)
(私は他人に迷惑をかけるようなことはしないで、真実(まこと)の道を歩むため、規律をしっかり守ります)
3忍辱(にんにく)
(私はどんな苦しみ、悲しみに出会っても、仏さまの光のあることを信じて耐え忍び、打ち勝つことができます)
4精進(しょうじん)
(私は今一時の尊い命を、本当に生かすよう、陰日向なく、何事にも怠らないで励みます)
5禅定(ぜんじょう)
(私は日頃から、どんなときも深く考えて反省し、心を乱すことのないよう努めます)
6智慧(ちえ)
(私は仏さまの御教えを学び、それをよりどころにして、正しい考え、判断をします)

日常生活におけるこの六つの徳目の実践こそ、到彼岸、仏教の理想とする向こう岸、仏の世界へ到着するための橋渡しにほかならないのです。

お布施のこころ

お釈迦さまは、「施して喜び、施した自分と、施しを受けた人と、施した物とを忘れるのが、最上の施しである」とお諭しになりました。

「布施」とは、インドの古語であるサンスクリットの「ダーナ(dana)」の漢訳で、あらゆる意味での施しを意味しています。また、お布施は、キリスト教やイスラム教にも共通の、世界宗教として、「他を救うため、あるいは法(おしえ)を得るために、自分の肉体をも喜んで施す」という、考え方をも含んでいます。

一羽の鳩を救うために、菩薩として生まれたシビ王が、自分の肉を秤(はかり)にかけて、鳩の分量だけ切り取ってお布施する話や、餓死しかけている生まれたばかりの子どもの虎を救うため、母乳が出るようにと、自分の肉体を母虎の口の中に投げ入れて喰らわせるという「捨身飼虎(しゃしんしんこ)」の話は、布施行についての仏教説話として有名です。

さらに、幼児でもお布施はできると説き、托鉢(たくはつ)中の釈尊に土を布施する話のレリーフが、ガンダーラの寺院から発掘されています。

およそ布施には、信者が僧に財物を施す物質的な「財施(ざいせ)」、誰にでもできる真心のこもった親切で安心を与える「無畏施(むいせ)」、僧が信者のために御仏の教えを説く「法施(ほうせ)」の三種があります。

また、お布施は、それを与える側も、それを受ける側も、それがどのように成果をあげるかについて、わだかまりを持ってはなりません。お布施は、「三輪空寂(さんりんくうじゃく)」または「三輪清浄(さんりんしょうじょう)」でなければならないのです。わが国でも最近、谷底へ転落しそうになったバスの前に、乗客の一青年が身を投げ出し、一命を賭して車を止め、大勢の乗客を救った事件がありました。また、極貧にあえぎ飢えによって、一家心中寸前の母と三人の幼な子に、たまたま居合わせた青年が名も告げないで、妹の嫁入り先へ届けるための多額の持参金を全部渡し、立ち去ったという話も報告されています。

特に、後者については、そのとき「もう一度生きてみよう」と考え直した母親が、今もなお毎年めぐってくるその日時になると、青年に出会った場所に赴いて、立ち去った方角に合掌し、礼拝されているそうです。

恩を売り、恩返しを求めなかった青年と、恩返しの意味でひたすら感謝の合掌をし続けてきた彼女…そのお互いの“無償の行為”に、深い感動を覚えずにはおられません。

このように「布施のこころ」は、いっさいの代償を求めないところにあります。頼まれたからしてあげるとか、他人から誉めてもらうためにする行為は、布施ではありません。施す際には、いっさいの執着を離れ、温かい心で受け手に対し、恩を売るような卑しい下心(したごころ)のあるものであってはならない点が重要です。

これをあげたから、代わりに何々をください、というのも布施ではありません。それは、“取り引き"で、必ず“対価”が伴うものです。

人に物を与えたり、何かしてあげることは意外と難しいことです。お布施で大切なことは、相手の身になってさせていただくとともに、自己満足のおしつけにならないよう考えることです。お布施は、自分が“する”のではなく、“させていただく”気持ちで実行することが大切なのです。道元禅師は「治生(ちしょう)産業固(もと)より布施に非(あ)らざること無し」とお示しになっておられます。

『雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)』は「無財(むざい)の七施(しちせ)」とい って、誰もが、いつでも、どこでもでき るすばらしい方法を七つあげています。

1慈眼施(じげんせ)
(私はいつも、慈(いつく)しみのあるやさしい眼(まなこ)で人に接します)
2和顔施(わげんせ)
(私はいつも、和(やわ)らいだにこやかな笑顔(えがお)で応対します)
3愛語施(あいごせ)
(私はいつも、温情(おんじょう)のこもったやさしい言葉(ことば)を使います)
4捨身施(しゃしんせ)
(私はいつも、肉体的な奉仕活動に参加します)
5心慮施(しんりょせ)
(私はいつも、喜びや悲しみを分かち合う心を持つ喜つにします)
6床座施(しょうざせ)
(私はいつも、座席を譲る心がけを持ちます)
7房舎施(ぼうしゃせ)
(私はいつも、家や軒先などを快く提供します)

この七つはお金や物をまったく必要としないので、“無財”というわけです。

現代では、「御布施」とは、お坊さまに読経をしていただいた御礼として差し上げるもののように理解されているようです。これでは、いわゆる法要儀式を行う上での“対価”としての「請負料」としか、いいようがありません。

しかし、「御布施」は、今まで述べてきた“布施のこころ”を持って、生前十分な施しをしなかったであろう故人に代わって、遺族が仏教徒として、仏教を盛んにするお手伝いを“させていただく”ための「もの」です。この「お布施」を差し上げることにより、仏さまの教えを人々に伝える功徳を少しでも多く積んで、それを亡き人のために回向させていただくのです。

スリランカでは、一家縁者が総出で、お寺の内に食事を持ち込み、サンガの比丘(びく)(修行僧)全員にお布施する習慣があります。高徳の比丘の住むお寺への布施は、その功徳も大きいと考えられており、その順番に新たに割り込むのは容易ではないのが実情です。

受戒(じゅかい)・得度(とくど)のすすめ

正しい信仰を求めたい人は、釈尊の教えを日々の生活の中に生かして、二度とない人生をしっかりと生きようと、まず御仏にお誓いしましょう。そしてお誓いの後は、仏の弟子として自覚をもって、修行に励むと共に、各種の法要や坐禅、写経や聞法の集いに積極的に参加して、人生を有意義におくりたいものです。受戒・得度はそのためのけじめの儀式です。正式の僧侶になるためには、世襲制をとり受戒の観念のない浄土真宗ですら、得度式を了ずることが必要とされています。

曹洞宗では授戒会と在家得度式があり、ともに十六条戒を受けます。浄土宗にも授戒会がありますが、入信を誓う帰敬式(ききょうしき)も大切です。入信の儀式として、日蓮宗の帰正式(きせいしき)、浄土真宗の一般門徒の帰敬式があります。お誓いの儀式は神聖です。それはあなたの聖なる世界への旅立ちを、より碓かなものとすることでしょう。

合掌
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